年間およそ1兆円が、人材紹介の手数料として企業から支払われている。この1兆円は、何の対価か。
建前はマッチングの対価である。だが実態は違う。候補者が、自分の市場価値も、最適なタイミングも知らないことへの対価である。
情報を持たない側が動けないから、間に立つ人が年収の3分の1を受け取る。そして候補者本人は、そこから1円も受け取らない。それどころか、いくらの価値を持つ人間として売買されたのかも知らない。
28歳のシステムエンジニア。年収580万。同期がWeb系に移って年収を上げているのを見て焦っている。市場は今この人に620〜660万を出す。転職すれば80万上がる。悪くない話に見える。
だが、あと18ヶ月で「設計の主担当」という経験が付く。その経験は市場で+150万の値がつく。社内でその経験を積んでも、次の等級に上がるまで給与には反映されない。平均昇格年数は5.2年。
| 市場評価 | 現職の給与 | 乖離 | |
|---|---|---|---|
| 現在 | 620〜660万 | 580万 | 約60万 |
| 18ヶ月後 (設計主担当を得た場合) | 770〜810万 | 610万前後 | 約180万 |
| 18ヶ月後 (アサインが来なかった場合) | 640〜680万 | 610万前後 | 約50万 |
持ち上げるか、寄り添うか。誰も測ってくれない。
この事業は、3年前には成立しなかった。
求人票と職務経歴という非構造テキストを、大規模に構造化できるようになったから成立する。「基幹設計の主担当経験3年以上」という要件と提示レンジの対応を、数万件単位で対応づける。これはLLM以前には現実的でなかった。
そして判定の原価が落ちた。既存のキャリアコーチングは、人が10回会って50万を使い切る。我々は判定をエンジンが出すので、浮いた原価を半年後・1年後の答え合わせに回せる。競合が原価的に提供できない場所に、原価を集中させられる。
「商社に行きたい」と言う人がいる。理由を聞くと「グローバルに活躍したいから」と答える。
嘘ではない。だが実質は違う。高年収と、社会的なステータスと、婚活市場での優位と、親の納得だ。
キャリア診断が扱うのは、やりがい・成長・価値観・強み。綺麗事の軸である。金・承認・モテ・見栄・優越感を、誰も定量化していない。実際の意思決定の大半は、そちらで動いているのに。
理由は単純だ。下品だから。企業ブランドを持つ会社は、これを口にできない。
だが定量化はできる。年収の到達分布は求人データから出る。企業の社会的認知度は調査データがある。職業別の婚活市場での有利さは、結婚相談所が実際にデータを持っている。誰もキャリア選択と接続していないだけだ。
そして目的を定量化すると、手段が入れ替え可能になる。
漠然とした願望を、構成要素に分解して、届く道に置き換える。煽りはしない。フレームは一つだけである。
筋トレを「ただやれ」と言われると続かない。だが「あと1kg筋肉が増えれば、その告白は成功します」と言われたら、大半の人は頑張れる。
必要なのは根性ではない。現在地と、目標と、その間の変換レートである。ライザップの本質も体重計ではなかった。「この運動をこれだけやれば、これだけ減る」という変換レートの提示だ。
キャリアには、それがない。「成長しろ」「市場価値を高めろ」とは言われるが、その努力がいくらになるのかを誰も出さない。
「頑張れ」でも「頑張らなくていい」でもない。この努力は、これだけのリターンになる。それだけを出す。決めるのは本人である。
人が何を重視しているかは、語りではなく選択の履歴に出る。どの会社を選び、どれを断ったか。それが複数あれば、各軸への重みが逆算できる。
ただし「あなたは年収より時間を3倍重視しています」だけでは示唆にならない。聞いても行動が変わらないからだ。重みは中間出力であって、最終出力ではない。出すのは次の3つである。
2つ目が最も強い。計算された効用と、本人が惹かれている先のズレ。ここに本当の情報がある。
そして重みが分かれば、あなたにとっての最適点が計算できる。
最適点を先に示すから、その上を見せても煽りにならない。
「頑張らない」を選んでもいい。それなりの人生を選ぶことは、悪いことではない。むしろ、それに気づくと人生はかなり楽になる。ズレを抱えたまま走るのが、一番しんどい。
我々は道を示すだけで、どちらを取るかは決めない。保証するのは、その判断が正確な現在地の上でなされることだけだ。
判定した日に「6ヶ月後に何が起きていれば、この判定は当たりか」を書いて渡す。そして6ヶ月後に確認する。
既存のコーチングを受けた人は、半年後に自分の判断が正しかったかを知らないまま終わる。顧客満足度92%という数字はあるが、それは面談の満足度であって、判断の正しさではない。
キャリアに、初めて体重計を持ち込む。
面談で聞くのは、本人の経験だけではない。等級制度、各等級の年収レンジ、実際の昇格年数。本人は自分の等級と自分の年収を知っている。
口コミサイトは年収額を持っているが、昇格構造は持っていない。エージェントは求人の提示レンジを持っているが、社内で何年で上がるかは持っていない。
そして半年後・1年後に、その人が実際にどうなったか。エージェントが持つのは転職した人のデータだけだ。残った人を追跡するインセンティブが構造的にゼロだから。つまり対照群が市場に存在しない。買えないので、自分で作るしかない。
リクルートがこれをやると、自社の紹介事業と衝突する。年収の35%を企業から受け取る事業を持ちながら、候補者に「今は動くな」「その転職は170万損だ」とは言えない。言えば自分の売上が消える。
候補者の側に立つというポジションは、送客収益を持つ企業には構造的に取れない。イノベーションのジレンマそのものだ。
そしてもう一つ。金・モテ・承認を定量化して見せることは、ブランドを持つ会社には下品すぎてできない。やりがいと成長の話しかできない。だから、この空白は埋まらないまま残っている。
キャリアは第一の適用領域にすぎない。選んだ理由は、答え合わせが最も速く返ってくるからだ。
同じ構造 ── 現在地の判定 × 選択 × 追跡による答え合わせ ── は、住まい、資産形成、学び直しにもそのまま効く。
| 単価 | 30万円 | |
| 変動費 | 12万円 | 面談の外注10万+追跡2万 |
| 粗利 | 18万円/件(60%) | |
| 判定の限界費用 | ほぼゼロ | エンジンが出す。人数が増えても増えない |
| 顧客獲得費用 | 当面ゼロ | 紹介と発信。広告を打たない |
判定を作る原価は人数に比例せず、データが増えるほど質が上がるのに原価は増えない。比例して増えるのは面談だけで、そこは外注できる。
企業は人材紹介経由の採用に、1件あたり平均103万円を払っている。一方、候補者が実際に取りこぼしている額は、先の28歳の例で170万である。
値下げ圧力が構造的にない。むしろ50万でもROIは3.4倍で、単価を上げる余地の側にある。そして単価は追跡率を買っている。安くすれば半年後に誰も答えなくなり、事業の本体が消える。
| 年間の転職者 | 300万人超 |
| うち25〜34歳 | 90万人規模 |
| 現在、有料のキャリア相談に30〜60万を払っている層 | 年間数千〜1万人(既存市場30〜50億) |
| 「コーチングは胡散臭いが、データ判定なら使う」層を含めた到達可能市場 | 年間3万人規模=900億 |
参照すべきは数十億のキャリアコーチング市場ではない。年間約1兆円が支払われている人材紹介市場の、情報の非対称性そのものである。
| 判定 | ⓪+ 月2,000円 | ②-B | 売上 | |
|---|---|---|---|---|
| Y1 本人が面談・型づくり | 20人 | — | — | 600万 |
| Y2 面談を外注化 | 120人 | — | — | 3,600万 |
| Y3 型が回る | 360人 | 3,000人 | — | 1.2億 |
| Y5 | 1,200人 | 3万人 | 20社 | 12億 |
一人法人から始めて、外注のプロが増えるほど本数が伸びる。運転資金は要らない。調達もしない。
Y5時点で手元にあるもの。
そして人材業界のプレイヤーは、構造的にこれを自分で作れない。残った人を追跡するインセンティブが、彼らには存在しないからだ。
アルゴリズムを発明しない。誰も持っていないデータを、枯れた手法に食わせる。研究開発リスクを負わないので、一人法人でも実装できる。
| 用途 | 使う手法 | 状況 |
|---|---|---|
| 効用の重み推定 | 離散選択モデル(conditional logit) | 枯れている |
| 個人データ不足の解消 | 階層ベイズ | コンジョイント分析の標準 |
| 選択セットの設計 | コンジョイント分析 | 商用ツールが存在する領域 |
| 経験属性の限界価格 | ヘドニック回帰 | Zestimate と同型 |
| 経路の提示 | 状態遷移グラフ | 標準的なグラフ処理 |
| テキストの構造化 | LLM | 既製 |
新規性は手法ではなく、(1) 組み合わせ (2) データの独自性 (3) 適用領域にある。
「それっぽい数字」は占いである。MBTIもレーダーチャートも、数字を出すから信じられる。効用関数の重み推定も、雑にやれば同じものになる。しかも本人は「言われてみればそう」と納得してしまう。納得されることが、逆に危険。
占いとの差は出力の見た目ではなく、推定の妥当性が検証されているかにある。
6軸の重みを推定するのに、1人の実際の選択履歴は多くて5〜10件。パラメータ数に対して選択数が足りない。個人単位の推定は原理的に不可能。
→ 階層ベイズで解く。集団の重み分布を事前分布に置き、その人の選択履歴で更新する。データが少ない人は集団平均に引かれ、多い人は個人固有に寄る。まさにこの問題のために存在する手法。
実履歴が足りないなら、仮想的な選択を聞けばいい。
これを10〜15問、所要10分。実履歴(Revealed)と仮想選択(Stated)の両方を取り、ズレを見る。「仮想選択では時間を重視すると答えたが、実際の選択は全部年収を取っている」── 設問が二重の役割を果たす。
占いは外れない(検証されないから)。我々は外れる。効用関数から「この人はこの選択肢を選ぶはず」を予測し、6ヶ月後の実際の選択と照合して的中率を出す。
設計はすべて机上である。顧客ゼロで潰せる前提が3つある。
3が本命である。6ヶ月待たずに一致率のプロトタイプが作れる。Zillowが過去の成約データでモデルを訓練するのと同じことができる。
そして遡及検証は一石三鳥になる。型の検証と、実際に発生していた機会損失額の実測(=需要の証拠)、そして転職した人は実際のオファー額を知っているため、正解ラベル付きの学習データがそのまま手に入る。